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卒業生&在校生レポート

卒業生レポート 滝澤幸一さん(鍼灸学科・2005年卒業)

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自分の特徴となる治療を究め、アスリートや患者さんを支える治療家に

 

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滝澤幸一さん(鍼灸学科・2005年卒業)

 

Jリーグのスポーツトレーナーを目指しニッケンに入学

 

 子どもの頃からずっとサッカーに夢中でした。最初はプロになる夢を抱いていましたが、のめりこむにつれ、プロアスリートのレベルの高さを痛感。でも、サッカー自体が大好きだったので「サッカーに関連する仕事がしたい」と思うようになりました。中3の頃には、Jリーグのスポーツトレーナーになるという目標ができました。

 スポーツトレーナーを選んだ理由は、自分自身が治療者の方々にずっとお世話になってきたから。ケガをするたびに、接骨院や整骨院の先生に助けてもらってきました。大きなケガや不調を治してもらい、リハビリによって元通り動けるようになった時の喜びは言葉では言い表せません。自分もそんな風にケガや不調を治して、アスリートをサポートする存在になりたいと思ったのです。

  

 2002年、日本健康医療専門学校の第一期生として入学。

 設立したばかりの学校で、さぞかし楽しいキャンパスライフを...と思われるかもしませんが、残念ながらそんな余裕はありませんでした。

 学校は国家資格取得のための勉強の場と決めて、午前中はしっかりと勉強。昼飯を食べたらアルバイトです。少しでも治療現場の雰囲気を知りたいと思い、整形外科に自ら志願。そこから、ハンドボールU-16女子日本代表のトレーナーや世界大会の帯同など、スポーツトレーナーとしての経験を重ねました。

 鍼灸マッサージ院や接骨院でも働き、劇団やバレリーナ、ピアニストなどさまざまな分野の人々の症例に触れ、治療実績を重ねました。

 

将来の指針を授けてくれた、先生方のアドバイス

 

 学生時代はあまりにも多忙なため、同級生の交流などはあまりしてこなかったのですが、先生方との出会いは印象に残っています。今思い返しても、かなり個性的で面白い先生がたくさん指導されていました。

 当時、TVの人気番組にレギュラー出演されていたジェフ古川先生は、ユニークな存在で学生にも人気がありました。その古川先生が、ある日「自分の特徴となる治療法を究めないとダメだよ」と、私たち学生に向かってポツリとおっしゃったのです。

 その言葉が、私にはとても印象的でした。鍼灸学科に学び、治療現場で多くの経験を積みながらも、資格を取ったその先まではまだイメージできていなかったからかもしれません。先生のおっしゃった「自分の特徴となる治療法」という言葉が強く心に残りました。

 数日後、鍼灸師でありスポーツトレーナーでもある皆川剛士先生が「スポーツトレーナーになるならトリガーポイントをやったら」とアドバイスをくださったのです。皆川先生ご自身は当時はトリガーポイントは指導されていなかったのに、なぜかそうおっしゃった。

 その時私は(そうか、トリガーポイントを究めよう)と、スッと思いました。

 これは今思うと不思議なんですよね。授業中ではなく、雑談のような形で先生方から立て続けに聞いたアドバイスから、自分の行くべき道が見えたのです。

 トリガーポイントを学び、そこから筋膜リリースに発展して研究・実践したことで、現在の私があるわけですから、先生方には心から感謝しています。

 授業を受けて、勉強をしていれば国家資格は取得できます。でも、プロの治療家として、どんな道を歩むのかーという、非常に重要な部分において、私は先生方からのご指導、アドバイスに大きな恩恵を受けたと思っています。よき師との出会いが、運命を変えたといっても過言ではありません。

 

卒業後スポーツトレーナーとして活躍、そして開業へ

 

 無事に国家試験も合格し、2005年にニッケンを卒業しました。

 鍼灸マッサージ院や接骨院、介護施設などで仕事をしながら、スポーツトレーナーとしてキャリアをスタート。

 仕事をしているとお声がかかって、また新しい仕事につながる。ありがたいことに卒業後、仕事が途切れたことはなく、忙しい毎日を送っていました。

 ニッケンで学んだ治療の知識や臨床技術はもちろんですが、不調を改善したり、ケガを治すトレーナーの仕事は、コミュニケーション力が必要です。そういった部分は持って生まれた性格と、アルバイトでの治療経験が役立っているのかもしれません。

 26歳の頃、(Jリーグのトレーナーとして契約するには最後のタイミングだな)と思い、それまでの仕事に一区切りつけました。

 そんな時、スペインのクラブチームからオファーがあったのです。最初の1年は試用期間で生活費のみ支給、言葉の壁もあります。しかも、ちょうど第二子を授かったタイミングで、家族を連れていくことはできません。

 とはいえ、スペインのチームですから、簡単にはあきらめられない。迷っているうちに、J2のチームからもオファーがありました。しかし条件面がちょっと厳しかった。

 迷いに迷っているうちに、(そうだ、開業しよう)と、突然思いついたのです。

 サッカーのスポーツトレーナーという目標一筋で、それまで開業なんて考えたこともありませんでした。しかし、開業すれば家族と一緒にいられるし、アスリートのトレーナーとしても仕事ができる。それからすぐに準備を始め、スムーズに開業にこぎつけました。

  

身体や治療の知識・技術は日進月歩。勉強は一生続く

 

 2012年、地元横浜市で「ソル・エ・マーレ鍼灸治療院」を開業しました。

 ソル・エ・マーレ(Sole e Mare)とは、イタリア語で「太陽と海」という意味。

 自然が大好きだったことと、太陽と海には人を元気にする力があることから「太陽と海のように患者さんを元気にする場所でありたい」という思いを込めて名づけました。

 治療方針も、自然の流れを体に取り込めるように、無理をせずに自然な状態に導き、連動性を大切にしています。

 ソル・エ・マーレ鍼灸治療院は、日本で唯一の筋膜リリース専門治療院です。

 血管や神経、筋肉や臓器などの体のあらゆる構成要素を包んでいるのが筋膜。第二の骨格ともいわれる重要な筋膜が、ねじれや縮み、固まるなどの変異を起こすと、骨格のゆがみや血流の滞りとなり、原因不明の痛み・不調につながります。

 筋膜の変異を改善する=筋膜リリースを行うことで、根本的な痛みや不調を改善するのが「筋膜リリース療法」です。

 私は、前述したニッケンの先生方からのアドバイスをきっかけに、トリガーポイントや筋膜リリースの勉強をスタート。知識や技術を習得し筋膜リリースの先駆者として、10年間で約1万5,000人の患者さんを治療してきました。それらの実績をもとに、当院では、トリガーポイント鍼、筋膜リリース、コアトレーニングの3つを柱とする筋膜リリースメソッドによって治療を行っています。また、書籍の執筆・監修、雑誌等メディアの取材など、ありがたいことに非常に多忙な毎日を送っています。

 

 スポーツトレーナーや鍼灸師は、直接的に人のためになる仕事。そういう意味では、とてもやりがいのある仕事だといえるでしょう。現在は、人間の身体や治療に関する情報は常にアップデートされ、技術も進歩しています。国家資格を取得してプロになった後も、この道を歩み続けるならば、勉強は一生続きます。この分野を目指す皆さんには、その覚悟を胸に第一歩を踏み出してほしいと思っています。

 

Profile

滝澤幸一 Kouichi Takizawa

1983年、神奈川県生まれ。鍼灸師。ソル・エ・マーレ鍼灸治療院主宰。

2002年、日本健康医療専門学校鍼灸学科に入学。学業の傍ら、整形外科、鍼灸マッサージ院、接骨院など治療現場で学ぶ。アスレティックトレーナーとして、ハンドボールU-16女子日本代表、劇団、バレリーナ、ピアニストなどをサポート。2012年、「ソル・エ・マーレ鍼灸治療院」を開業。スカッシュ日本代表トレーナー、日本オリンピック強化スタッフ、横浜栄フットボールクラブアスレティックトレーナーとしても活躍。筋膜リリース療法のパイオアニアとして知られ、トリガーポイントや筋膜リリーステクニックを駆使し、トップアスリートから原因不明の痛みや不調に悩む中高年層まで、幅広く指導や治療を行っている。

https://myofascial-therapy.com/

 

ソル・エ・マーレ鍼灸治療院の紹介はこちら

https://lab.niken.jp/800/